コラム 4

一冊の本を紹介します。

犬は子をどのように育てるか  森永良子   どうぶつ社
ある児童臨床心理家の母と子の「ふれあい」の記録

これは犬の本?人の本?ちょっと不思議なタイトルですね。
著者は昭和50年、伊豆逓信病院の小児科で子供の精神的治療をするかたわら、人の臨床心理の研究のために犬の行動を観察するよう病院から要請されます。
内容はその体験記になっています。
この犬たちというのは、もともと病院内の外科臨床実験のためなので完全個別犬舎生活だったのですが、著者が病院にかけあって,、この観察プロジェクトのためとして開放され、日中は併設された広場で集団生活をすることになりました。
当時、この著者は犬の行動学を特に学んだことはなく予備知識が全くない状態で観察を開始し、それを人の親子関係や子育てに共通する部分を探りながら観察を続けていきます。
もともと犬に関しての知識不足で始めたため、この犬たちに対する行動学的実験の中には不幸な結果になることもあって、この本の巻末には、著者が観察を振り返って反省する文章を載せているほどです。
その反省する要因にもなっている犬のエピソードのうちの一つ。

クロというメス犬の話です。

この犬は、この観察が始まってから生まれた1頭です。
甘ったれの性格で、集団の中で常に母犬のあとを追い、生後7ヵ月になっても母犬が嫌がってるのにお乳を吸おうとするほどです。
そんなクロが、1才2ヶ月で妊娠出産してしまいました。
まだ年齢的に早過ぎる初産です。
残念ながら早産で死産でした。
しかしクロは産み終えると、仔の様子を気にもせず産室から広場に出たがり、観察している著者にして「クロは母親の自覚が無いのではないか」と感想をもらすほど、出産も何も無かったかのように死んだ仔犬に対して冷めた態度だったそうです。
ここまでの間に、観察を始めてから何頭もの犬の出産に立ち会った著者の実感ですから、よっぽど母犬らしい素振りが無かったんでしょうね。
そしてクロは2回目の出産をむかえます。
今回は安産で5頭出産。
でも生後すぐ1頭死亡し、続いて2頭はクロの体の下で圧死してしまいました。
クロは、2回目の出産にして、このように他の母犬と比べても、極端に子犬をうまく扱えない母犬だったようです。
そして案の定、残るうち1頭は、産室の柵とクロの体で挟んで死なせてしまいます。
そして最後に残った1頭。
これは順調に発育します。
でもクロはやはり前回の出産と同じく母犬の自覚が無く、産室を覗きにきた他の犬から我が子を守ることもなく、それどころか産室に仔を残して広場に出て行ってしまいます。
哺乳中も、積極的に仔犬が飲みやすいような姿勢をとる事もなく、時には途中でも立ち上がってしまいます。
やがて離乳期に入り、仔犬は生後2カ月が経過しました。
そのころになると、子犬は当然、母犬の食器の食事にも顔を近づけて食べようとします。
そしてある日クロは、食事に近づいた我が子を、食べ物を盗られまいとしてとっさに噛んでしまいます。
噛まれた外傷があったわけではないのですが、その後すぐ、けっきょく死因は分からぬまま仔犬は死んでしまいました。
でも著者たちは、あえて仔犬をそのまま置いておき、仔犬の死に対して、クロがどんな反応をするか観察することにしました。
・・・・すると最初は仔犬の異常に気付かなかったクロも、まったく動かない仔が気になり出して、鼻で押したり触れたりしました。
そしてどう感じたのか、妙に落ち着きがなくなりだしました。
それからクロに大きな変化が起きました。
今まで産室をのぞきにきた他の犬に寛大だったクロが、死んだ我が子を守るため、初めて相手の犬に攻撃的態度をとりました。
そして子育て中でも関係なく広場に出たがっていたのが、ためらって産室から出ようとしません。
その後、元気がなくなり、呼びかけにも反応鈍く、ヨダレが多くなりました。
ここで一旦、反応が変わるか見るために、仔犬をクロから引き離します。
仔犬が離されたことには、クロはさみしがることもなく特に反応無しです。
その後、食べものに関心を示さず、広場に出してもすぐ部屋に帰ってきてしまいます。
ヨダレは相変わらず多い。
ここでもう一度、仔犬をクロの元に戻します。
しばらくして見に行くと、クロは、おすわりの状態で仔犬を前足の間に置き、体を硬直させヨダレで顔が冷たく光ってます。
さらに人の呼びかけに全く反応しません。
甘ったれで人が好きでベタベタして名前を呼ばれると喜んだクロが。
そのあまりの変わりように著者は驚き、急いで仔犬を引き離しました。
しかし・・・一晩あけにクロは死んでしまいました。
仔犬が死んでから、3日後のことでした。

著者は、結果的にクロを死なせてしまったことを後悔します。
それまで、あまりに母性のうすいクロのことを、時々怒りをこめてみていた著者や観察に参加していたスタッフたちは、多少は我が子の死に対してショックを受けるだろうと予想はしつつも、しかしあまりに観察態度が浅薄だったと悔います。
この観察プロジェクトに参加していた病院の外科部長は、それまでは犬など動物の精神に対して冷ややかな考えでした。
「しょせん動物(犬)なんて人間ほど深くない」と。
でもクロの死をきっかけにして、動物が子供の死によって、死に至るほどの精神的なショックを受けることがあるという事実に心打たれたそうです。
著者たちはクロの、犬の、内面の深さを痛感したのでした。

この本では、こういう犬の行動を人間の母子の話に当てはめながら話を進めています。
非常に深い内容でした。

・・・・・話は変わって・・・・・。

もう7、8年前になるかと思いますが、テレビのニュース番組の特集で、登校拒否(それだけじゃなかったかも?)の子供を集めて合宿生活をさせている、あるペンションの話を見ました。
その特集ではこのペンションの主人夫婦をクローズアップしていました。
細かい部分は覚えてないので省略。
そのペンションには主人夫婦が1頭、犬を飼っていました。
日本犬系ミックスだったと思います。
とても社交的な性格だとのことで、みんなに撫でられている様子をカメラで映してました。
合宿生活の子供たちは、この犬の世話もしていて、散歩も分担して可愛がっていました。
ところがある日、ペンションで調理を担当しているコックさんがその犬に噛まれて大ケガをしてしまいます。
それまでそのコックさんとその犬はとても仲が良く、だからいつものようにコックさんも遊ぼうとしていたんですが、その時に限ってその犬は豹変して噛んでしまったようです。
それには理由がありました。
といっても、噛まれたコックさんは、犬に何も気に障ることは事はしてません。
実は、子供が人の見てないところでその犬をいじめていました。
見えるところでは普通に接している子が、です。
その犬は、少しずつ人間不信になってたんでしょうね。
溜まっていたストレスが、たまたまそのコックさんに向いてしまったようです。
主人夫婦は、犬を安楽死させる決断をしました。
その後、庭に犬の墓を立て、涙ながらに子供たちに犬をどんなにかわいがっていたかを語りかけ、聞いている子供たちも泣いていました。
そこでVTRは終りでした。

なぜ上の2つの話をしたかというと・・・・・・。

犬という動物は、時には、もろく、精神的に追い詰められてしまうことがある、ということを知ってもらいたかったからです。
「ストレスなんて感じない、嫌な事があっても明日にはケロッとすぐ忘れる」・・・犬をそういう動物だと誤解している人がいることが悲しいですね。
精神的な部分では、非常に人間に近い動物といえます。

犬を飼ったことがない動物嫌いの人に
「犬なんてどの犬でもスパルタでガンガン叱りつければ、言う事聞くようになるんじゃないの?」
と言われたことがあります。
あ然とし、いろいろな意味で「怖い」とさえ思った一言でした。
それも、その人はけっして悪気は無く、そう信じて疑わない口ぶりでしたので、本当にビックリしました。
その人には誤解を説明し、「あ、そうなんだ。」と一応納得してもらえたようでしたが。
何か問題を抱えてるからといって、叱り方が足りないと安易に考え、取り返しがつかないことをしてしまわないように注意したいですね。
気づかないうちに、犬に精神的に大きなストレスを与えてしまっているかもしれませんから。


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